2. 家産分割の是非
かさんぶんかつのぜひ
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却説、前にも申上げた通り、私は一切、従来子孫の事なぞに考慮を費さず、ただ経済界に立つて働く為の信用を維持し得る丈けの資産を蓄へたのみで、其他宵越しの金銭は費はぬぐらゐの気前にして居つたのであるが、穂積陳重氏を婿にしてから、種々と注意を受けて見るとなるほど私が死んでしまつた後で、仮令貧乏人より少しばかり多いぐらゐな些少の家産と雖も、之が同族間に分捕を争ふ標的になつたり、或は宗家に何時の時代にも聡明なる戸主が現れると極まつてるものでも無いから、いろ〳〵混雑を惹き起すやうな事情を生ずるに於ては、却て同族間の親和を欠く事ともなり、甚だ面白からぬ儀であると考え付いたので、私も遂に意を決して渋沢同族株式会社なるものを組織し同族のみを其株主とし、私の家産は之を分割せずに渋沢同族株式会社株主一同の共有とする事に定め、又渋沢家同族の遵守すべき家憲をも私が制定したのである。
- デジタル版「実験論語処世談」(14) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.60-66
底本の記事タイトル:二一三 竜門雑誌 第三三八号 大正五年七月 : 実験論語処世談(一四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第338号(竜門社, 1916.07)
初出誌:『実業之世界』第13巻第10,11号(実業之世界社, 1916.05.15,06.01)