5. 孔耶両教の相違点
こうやりょうきょうのそういてん
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ワナメーカーが、その際、私に改宗して耶蘇教になれよと勧め、私が之に対し何の返答をも致さず帰つた事は――これも、私が帰朝後の談話中に申述べ置いた処であるが、私は最近に於て、その際の改宗勧告に対する返辞の手簡をワナメーカーに送つたのである。その趣旨は――私も今では既に相当の老人であるから、これから強ひて事々しく耶蘇教に改宗するでもあるまい。貴卿の信奉する御宗旨は、「己れの欲する処を他人に施すべし」と教へるので、貴卿が其の可しと信ずる耶蘇教を私へ御勧めになるのも尤もの次第だが、私の信ずる孔子教では「己れの欲せざる処を人に施す勿れ」と教へる。こゝに貴卿と私との立場に相違がある――といふやうな意味のもので、私より送つた斯の手簡を受取つたワナメーカーは、果して如何な感じを起して居るだらうか知りたいものである。
- デジタル版「実験論語処世談」(14) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.60-66
底本の記事タイトル:二一三 竜門雑誌 第三三八号 大正五年七月 : 実験論語処世談(一四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第338号(竜門社, 1916.07)
初出誌:『実業之世界』第13巻第10,11号(実業之世界社, 1916.05.15,06.01)