デジタル版「実験論語処世談」(19) / 渋沢栄一

7. 近来の青年は粗暴

きんらいのせいねんはそぼう

(19)-7

子謂子産。有君子之道四焉。其行己也恭。其事上也敬。其養民也恵其使民也義。【公冶長第五】
(子、子産を謂ふ。君子の道四つあり。其の己れを行ふや恭。其の上に事ふるや敬。其の民を養ふや恵。其の民を使ふや義。)
 茲に掲げた章句は孔夫子が鄭の大夫にして姓を公孫、名を僑、字を子産と称した春秋時代の一名物を批評せられた語で、子産は身を持すること恭倹、人に仕へて横着放縦の振舞ひなく、民に臨むや能く恩恵を施し、些たりとも無理非道の行動無く、君子の道を履んだ人であるのを称揚されたのである。かく子産のやうに恭、敬、恵、義の四つを具へて居りさへすれば、その人は確に君子人である。恭、敬、恵、義の四徳は、孰れも人に無くてはならぬものであるが、就中恭敬の徳は処世上に欠くべからざるものである。然し、遺憾ながら近日は追々と恭敬の美徳を具へた人が乏しくなり、特に青年子弟の間には動ともすれば乱暴に流れ、放縦の生活を営み、言葉遣ひなども甚だ粗野になりたがる悪傾向がある。私はこの点に就て今の青年子弟諸君に深く反省を望むものである。言行を粗暴にする事を独立自尊であるかの如くに心得たり、人に対するに恭敬を以てすれば、独行自尊を傷くるものであるかの如くに稽へたりするのは以ての外である。自分の身を下品にせず、我が心がいろ〳〵の悪習慣、私利、私慾などに囚はれず立派に高潔な品位を維持してゆくのが是れ独立自尊の真意義である。又、人は堅く恭敬の精神態度を持して人に交り世に処するやうに致さぬと、世間の後援同情を得て事業を成し遂げるやうに成り得られるものでも無いのである。

全文ページで読む

デジタル版「実験論語処世談」(19) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.118-124
底本の記事タイトル:二二七 竜門雑誌 第三四三号 大正五年一二月 : 実験論語処世談(一九) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第343号(竜門社, 1916.12)
初出誌:『実業之世界』第13巻第21,22号(実業之世界社, 1916.10.15,11.01)