8. 私は幼少より丁寧
わたしはようしょうよりていねい
(19)-8
私が明治の初年仏蘭西から帰つて来て新政府に仕へるやうになり、長州人なんかに交際して見ると、その態度行動に殆んど恭敬を持するやうな風が無く、同僚が私の家へ訪ねて来ても、碌々礼さへ致さぬうちから突つ立つたままで「暑いのう」と謂つたやうな調子のものであつたので、私は少からず其の人々の礼を弁へざるに驚かされたのである。苟も他人の家を訪ねたら、まづ何より先きに「今日は……」とか何とか、一応の挨拶を述べて一礼に及び、それから「什麽も御暑くつて困る」とか何うとか、時候のことにでも及ぶのが如何なる人間も守らねばならぬ礼である。然るに、突つ立つたままで碌々礼も致さずに「暑いのう」では、恭敬を欠くの甚しいものなりと謂はねばならぬ。
- デジタル版「実験論語処世談」(19) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.118-124
底本の記事タイトル:二二七 竜門雑誌 第三四三号 大正五年一二月 : 実験論語処世談(一九) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第343号(竜門社, 1916.12)
初出誌:『実業之世界』第13巻第21,22号(実業之世界社, 1916.10.15,11.01)