デジタル版「実験論語処世談」(52) / 渋沢栄一

4. 多く仁を言へば却て仁を害す

おおくじんをいえばかえってじんをがいす

(52)-4

 仁は前にも言うた通り、其の意味は極めて狭い小さい事にも説かれ又広く大きい事にも説かれて居るが、其の意味の広い狭いに拘らず、孔子は常に最も大切なる訓へとして之れを説かれて居つた。仁は人間の性の徳であつて、必ず忠信篤敬、己に克ち礼を履み、然る後に能く至るものであるが、若し余りに多く仁を言へば却て仁を害するに至るを以て、孔子も罕に之を謂はれたのである。尚、仁は孔子の訓への核心をなすもので、論語の全篇に亘つて居り、曩にも仁に就ての意義を屡〻説けるを以て茲には詳説する事を見合せるが、要するに利、命、仁の三者は皆理の正しき事なれば、言はなければならぬ事であるし、行はなければならぬ事ではあるが、多く之を言ふ時は害あるを以て、孔子深く之を慮りて、其の弊に陥らざる様に警められたのである。

全文ページで読む

キーワード
, 言ふ, 害す
デジタル版「実験論語処世談」(52) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.405-409
底本の記事タイトル:三〇九 竜門雑誌 第三八九号 大正九年一〇月 : 実験論語処世談(五十一《(二)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第389号(竜門社, 1920.10)
初出誌:『実業之世界』第17巻第10号(実業之世界社, 1920.10)