7. 労は政治の要諦
ろうはせいじのようてい
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故に人は常に人に先つて労して居なければならぬ。さうでないと一国の政治も一家の政治も行ふことが出来ない。労苦することを知らなければ、其処に政治と云ふものもない。労苦のない政治は芝居で、国の為めに何等利益を齎らすものでないと思ふ。孔子のこの答は短い言葉であるけれども、政治の真諦に触れたものとして、孔子のこの徹底的に言はれたことを深く敬服するものである。
私の一家に就いてもそれである。私はこの頽齢であるが家長となつて居る。それだから一家の各方面に亘つて心を配つて居なければならぬ。例へは勘定の事でも勝手元のことでも、取次、庭掃除でもそれである。そして衆に先んじて働いて、而も之れを倦まずに行つて行けば家政を挙げることが出来る。之れを一国として見ても同様である。文化の発達、外交の刷新、産業の振興と云ふことなども、皆この先と労とが基礎となつて行くのである。
然るに現在の有様を見るに之れに反することが多い。よいことは人に奨めることを知つて居ても、自分で行ふと云ふことがない。自分では之れをやらぬけれどもお前は先きに之れを行れと云ふ。よいことこそ自分で行つてよいので、自分でやらずに、人にやれと云ふことは無理でもあり、又その効果の上からも決して悦ぶべきことではない。
- デジタル版「実験論語処世談」(64) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.534-540
底本の記事タイトル:三五二 竜門雑誌 第四二一号 大正一二年六月 : 実験論語処世談(第六十二《(四)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第421号(竜門社, 1923.06)
初出誌:『実業之世界』第20巻第2,3号(実業之世界社, 1923.02,03)