デジタル版「実験論語処世談」(24) / 渋沢栄一

2. 文学博士林泰輔氏

ぶんがくはかせはやしたいすけし

(24)-2

 文学博士林泰輔氏は十年間の歳月を費し、周公と其時代に関する研究を遂げ、昨大正五年学士院より恩賜賞を授与された篤学者で、この研究は日本橋の大倉書店から「周公と其時代」なる一書冊となつて発行せられて居るが、竜門社より御依頼した「論語年譜」の編纂に就ては、僅に一年三ケ月ぐらゐの日子で之を完全に仕上げるのは勿論困難だが、この計画が渋沢の喜寿を祝する為である事を聞かれ、そんなら兎に角引受けて編纂をして見ようとの快諾を与へられ、予定の期日までに首尾よく編纂を結了せられたので、竜門社では更に其の稿本を印刷に附し、昨大正五年十一月二十六日喜寿の祝物として私に該書を贈つてくれたのである。尚ほ林博士の「周公と其時代」を出版した大倉書店では、斯の「論語年譜」をも複製して広く発売して居るが、本文は菊版七百八十二頁、その外に珍しい古い論語の版本を写真にしたものや、各種版本の題跋などを一ト纏めにしたものを別に一冊の附録として添へてある。同書の内容は、林博士が謙遜して不完全なものであと申さるるにも拘らず、実に能く調べあげられたもので、私などは只管驚嘆するばかりだが、和漢洋の三大洲に亘つて年代別に編成し、論語に関係ある、古今一切の著書及び論文の著者と題目とが挙げて悉く載録せられ、上は本邦の孝元天皇十三年、前漢の高祖五年、西洋の基督紀元前二百二年より、下は大正四年、支那の民国四年、西洋紀元一千九百十五年にまで及んで居る。なほ本文の巻頭には「史記世家」にあるより遥に詳細な孔夫子の伝記をも載せてある。
 私は去る二月三日、林泰輔博士が「論語年譜」を編纂せられた労に対して謝意を表する為、特に同博士と会見したが、その際同博士は、「論語年譜」の巻頭に載せた孔夫子の伝記よりも、更に一層詳細なる孔夫子伝を編著せられ様とする意のある事を私に漏されたので、私よりは希望として、仮命ば論語の何処其処にある章句は孔夫子何歳の当り、斯う斯ういふ場合に莅んで之を発せられたものだといふ事をも、その詳伝の中に是非掲載するようにして戴きたいものであると申入れ置いたが、林博士も之れには同意を表せられた。然しその研究調査は却々困難であらうとの事であつた。

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文学博士, 林泰輔
デジタル版「実験論語処世談」(24) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.157-164
底本の記事タイトル:二三五 竜門雑誌 第三四八号 大正六年五月 : 実験論語処世談(二四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第348号(竜門社, 1917.05)
初出誌:『実業之世界』第14巻第6,7号(実業之世界社, 1917.03.15,04.01)