デジタル版「実験論語処世談」(36) / 渋沢栄一

9. 間接に話せば円滑

かんせつにはなせばえんかつ

(36)-9

 この子路と子貢との問答、子貢と孔夫子との問答は、随分共に遠廻りをした談話法で、子路は自分の去就を如何に決すべきかに就き孔夫子の御意見を知りたいところから子貢に話を持ち懸けたのだが、その話を運んで行つた径路が如何にも面白い。又、子貢が其意を承けて孔夫子に尋ねた問ひも、それから之に応へられた孔夫子の御言葉も、実に言外に含まれた意の多いもので、一読して頗る趣味深く感ぜられ、尋常の談話でも斯うなれば禅の問答以上である。
 古くから「円い玉子も切り様で四角、ものも言ひ様で角が立つ」と云ふ端唄があるが、如何に角の立つやうな事でも、之をムキダシにして単刀直入に話し込まず、遠廻しに間接に話しかけて行けば先方を怒らせたり腹を立てさせたりなぞせず、うまく平和のうちに談話を進め円満なる解決を為し遂げ得らるるものだ。子路が直接法によつて子貢に話しかけず、子貢も亦直接法によつて孔夫子に問ひを懸けず、孔夫子が又直接法によつて答へられず、孰れも謎の如き問ひを懸けて謎の如き答を得、之を如何やうにでも解釈し得らるるやうに其間に余裕を存して置いた処は、単に孔夫子の偉大な人格を示すのみならず、子貢といふ御弟子が却〻才智に長けた人である事を示すものだ。
 さて子路は子貢によつて取次がれた孔夫子の言葉から、孔夫子に衛の出公輒に味方する意の無い事を明かにするを得たので、父蒯聵との戦ひに於て、出公輒を助けぬことにしたものだから、出公は遂に衛から追はれて蒯聵が衛の王になつたのである。

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間接, , 円滑
デジタル版「実験論語処世談」(36) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.256-264
底本の記事タイトル:二六〇 竜門雑誌 第三六一号 大正七年六月 : 実験論語処世談(卅六回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第361号(竜門社, 1918.06)
初出誌:『実業之世界』第15巻第6,7号(実業之世界社, 1918.03.15,04.01)