5. 元治と弟治太郎との仲
もとじとおとうとじたろうとのなか
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私から申すのは少し嗚滸がましいやうだが、この元治と其弟治太郎との兄弟仲が又至つて睦しく、両人は全く其性格を異にするにも拘らず意志感情共に疎通し、互に友情を以て睦しく相対して居る。治太郎は元治と異なり、その性質が能く農たるに適して居るが、恭謙能く己を持し、現に血洗島の私の生家の主人でありながら、家に属する財産を毫も自分の所有と思はず、栄一や父から渋沢家へ伝へられたものであるからとて、之を保管する支配人たる如き心情で苟も家産を私する如き事無く、元治とも人情づくで円満に相談を纏めたる上、規約を設け、血洗島に属する財産は之を共有の如き形とし、それから挙がる収益の一部を当主の収入とし、又その一部を元治の家にも入れ、一部は積立てて世襲財産の如きものとし、血洗島の渋沢家は栄一の発祥した処であるからとて、之を永久に保存する為の財源に供する事になつてるのである。
- デジタル版「実験論語処世談」(37) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.270-278
底本の記事タイトル:二六五 竜門雑誌 第三六三号 大正七年八月 : 実験論語処世談(第卅七回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第363号(竜門社, 1918.08)
初出誌:『実業之世界』第15巻第8,9号(実業之世界社, 1918.04.15,05.01)