デジタル版「実験論語処世談」(39) / 渋沢栄一

3. 君子は憂へず懼れず

くんしはうれえずおそれず

(39)-3

葉公問孔子於子路。子路不対。子曰。女奚不曰。其為人也。発憤忘食。楽以忘憂。不知老之将至云爾。【述而第七】
(葉公、孔子を子路に問ふ、子路対へず。子曰く、女奚ぞ曰はざる、其人となりや憤を発して食を忘れ、楽みて憂を忘れ、老の将に至らんとするを知らずと爾か云ふ。)
 茲に掲げた章句から「子、雅に言ふ所は……」の後条になるのだが、葉公は姓を沈、名を諸梁、字を子高と申した楚の葉県の知事で、自ら国王気取りか何かになつて公と僣称して居つたのだ。一日、孔夫子の御弟子の一人なる子路を顧み、孔夫子の人物如何に就て問うた際、子路は何う答へて可いか見当つかず、孔夫子の如き偉人は到底葉公沈諸梁の如き小人に理解るもので無いと思ひでもしたものか、無言のままに過ごしてしまつたといふ事を孔夫子が後日に至つて聞き及びて、そんな事をせず、却て明瞭に孔夫子の人物を談り、夫子は何か之れぞと思ふ事を考へ始むれば食事をさへ忘れ、物事に熱心して来らるれば其れに夢中となつて一切心配などといふものが無くなつてしまひ、道を行ふに急なる為老人になるのも知らぬほどの人だ――と何故言つてくれなかつたのかと曰はれたといふのが、此の章句の意味である。
 単に孔夫子のみたらず誰でも、自分の主義主張乃至は事業に熱心となれば、食をも憂をも忘れ得らるるものだ。私の如き人間でも、論語なら論語の主旨を成るべく弘く世間へ伝へたいといふ熱心があれば、さうするのが非常な楽みになつてしまふので、之が為に時間を割いたり、他人と談話したりする事を何の苦とも思はぬやうになる。然し、論語の趣旨を宣伝することのうちに楽みを見出し得ぬやうだと、この「実験論語処世談」の為に時間を割くのも、物憂いやうな五月蠅やうな気がして今日まで継続して来られたもので無いのである。何事を為すに当つても、その事を楽むやうにならねば、迚も苦しくつて根気よく其事に当り得らるるもので無い。
 それから私とても、憂の無いわけは無い。公私共に色々の心配事がある。支那や米国の問題なぞに関しても、私の思ふ通りに運ばぬ為め苦痛を感ずる場合も多々あるが、そんな事で憂ひ出したら全く結末が無くなつてしまふ。当局者が私の意の如くに運んでくれぬのは、先方にも及ばぬ処があり私にも到らぬ処があり、時勢の未だ醒めて来ぬゆゑだと思へば腹も立たず、悠然として時機の到来を待ち得らるることになる。一家の私事なぞに関しても、私の意のままにならぬ事が随分無いでは無い。然し、一家の者を悉く自分の思ふやうにしてしまはうとしても、其れはできぬ事だと思へば、別に其れが苦痛ともならず、目前に横はる仕事を楽みにして奔走して居るうちには、何時か憂を忘れてしまひ得らるるやうになる。

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デジタル版「実験論語処世談」(39) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.291-300
底本の記事タイトル:二七一 竜門雑誌 第三六五号 大正七年一〇月 : 実験論語処世談(第卅九回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第365号(竜門社, 1918.10)
初出誌:『実業之世界』第15巻第14,15号(実業之世界社, 1918.07.15,08.01)