6. 遂に一橋慶喜の家臣
ついにひとつばしけいきのかしん
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これまで徳川幕府を倒さうとして奔走して来たものが、如何に焦眉の場合なればとて幕府の支流たる一橋家に仕へてその家臣となるのは面白くないとは思つたが、此際躊躇へば其うちには縛せられて犬死をするばかりであると考へ、猶ほ私は従来のやうな急激な理想では到底国家の政治を改革することの出来るものでない事にも想ひ到り、且つは又私共両人が一橋家の家臣になつた事が明かになれば、江戸伝馬町の牢屋に在る長七郎の嫌疑も自然或は晴れるだらうとも考へて、茲に喜作と私との相談が一決し兎に角一橋家に仕へて槍持からでも草履取からでも何でも始めよう、その代り一旦仕へた上は飽くまで君を尭舜にせねば止まぬとの決心を固め、翌日之を平岡に返事し、愈よ両人とも二月二十三日を以て一橋家に召抱へらるゝことになり、茲に従来の私の思想が一変したのである。
- デジタル版「実験論語処世談」(2) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.645-655
底本の記事タイトル:一八九 竜門雑誌 第三二六号 大正四年七月 : 実験論語処世談(二) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第326号(竜門社, 1915.07)
初出誌:『実業之世界』第12巻第12号(実業之世界社, 1915.06.15)