デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一

5. 痛快なる孔夫子の答弁振り

つうかいなるこうふうしのとうべんぶり

(7)-5

 孔夫子に質問の矢を放つた「或る者」は這辺の消息が解らずして皮肉に冷評的質問を試みたのであるから、私の如き不肖のものならば忽ち怒気心頭に発し「糞を喰へ、そんな皮肉を曰はれ、冷評かされなんかして堪まるものか」と憤つてしまふ処だが、流石に孔夫子には凡人の及ぶ能はざる偉大な人格があらせられたので、毫も怒らるゝ如き模様なく――否な、皮肉られたとさへ御気が付かなかつたかの如く、意想外なる書経「君陳」篇の語を引き、淡然として之に答へられたのである。
 茲に孔夫子が引用せられた書経「君陳」篇の語を其儘に申上げると「君陳能孝親。友於兄弟。又能推広此心。以為一家之政。」(君陳能く親に孝に、兄弟に友に、又能く此の心を推広して、以て一家の政を為す。)といふのが其全文である。これは、周の成王が其臣君陳の徳を褒められた時の語で、君陳が親に孝に、兄弟に友なる処は、まさしく是れ一の仁政である、之が一家より惹いて一国の政治に及ぶのだ、との意味である。

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デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.685-690
底本の記事タイトル:二〇〇 竜門雑誌 第三三一号 大正四年一二月 : 実験論語処世談(七) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第331号(竜門社, 1915.12)
初出誌:『実業之世界』第12巻第17号(実業之世界社, 1915.09.01)