デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一

10. 善の極意は自然に一致の事

ぜんのごくいはしぜんにいっちのこと

(7)-10

 「孝行々々と如何にも孝行は百行の基たるに相違厶らぬが、孝行をしようとしてする孝行は真実の孝行なりとは申されぬ。孝行ならぬ孝行が真実の孝行である。私が年老いたる母に種々と頼んで足を揉ませたりするまでに致し、御汁や御飯の小言を曰つたりするのも、母は子息が山仕事から帰つて来るのを見れば定めし疲れてることだらうと思ひ「さぞ疲れたらう」と親切に優しくして下さるので、母の親切を無にせぬやうにと足を伸ばして揉んでもらひ、又客人を饗応すに就ては定めし不行届で子息が不満足だらうと思うて下さるものと察するからその親切を無にせぬ為御飯や御汁の小言まで曰うたりするのである。何でも自然のまゝに任せて、母の思ひ通りにしてもらふ所が、或は世間で、私を孝子〳〵と言ひ囃して下さる所以であらうか」といふのが信濃の孝子の答であつた。これを聞いて、近江の孝子も翻然として大に覚り、孝の大本は何事にも強ひて無理をせず、自然のまゝに任せる処にある、孝行の為に孝行に力めて来た我が身にはまだ〳〵到らぬ点があつたのだ、と気付くに至つたと説いたところに「道二翁道話孝行修行」の教訓がある。

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キーワード
, 極意, 自然, 一致,
デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.685-690
底本の記事タイトル:二〇〇 竜門雑誌 第三三一号 大正四年一二月 : 実験論語処世談(七) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第331号(竜門社, 1915.12)
初出誌:『実業之世界』第12巻第17号(実業之世界社, 1915.09.01)