デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一

1. 孔夫子を嘲弄せる質問

こうふうしをちょうろうせるしつもん

(7)-1

 私の「論語処世談」も追々回を重ねて早や七回に相成るが、充分なる準備を整へ置いて学者諸先生が教室に出でて講義をせらるゝ時のやうに予め整然と体系を立てた談話をするわけにも参らず、動々ともすれば、老人の懐旧談に流れてしまふ如き傾きがある為に或は、爾んな事なら遠の過去に聞いてるなぞと思召さるゝ方々もあらせられるかとも愚考するが、又、其代り実践躬行に就て、飾りの無い処を談話し得るわけにもなる。談話をする朝になつて、漸く当日談話する章句の辺を一寸繙いて見たくらゐでは、用意が甚だ行届いて居らぬ次第と申すべきだが、用意の無い所に却て又或る妙味が無いでも無からうかと、勝手ながら思ふのである。さて「為政」篇の篇末に
或謂孔子曰。子奚不為政。子曰。書云孝乎。惟孝。友于兄弟。施於有政。是亦為政。奚其為為政。【為政第二】
(或る者孔子に謂ひて曰く、子何ぞ政を為さざる。子曰く、書に孝を云へり。惟れ孝に、兄弟に友に、有政に施すと。是も亦政を為すなり。何ぞ其れ政を為すを為さん。)
との章句がある。孔夫子に質問を致したといふ「或る者」の誰であつたかは、素より之を知るべき由も厶らぬが、兎に角、当時の社会に相当有力な人物であつたらしく、孔夫子を一つ皮肉つて苦めてやらうとの魂胆から、稍〻嘲弄の意味合で、斯る質問を発したものかと私には存ぜられる。

全文ページで読む

デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.685-690
底本の記事タイトル:二〇〇 竜門雑誌 第三三一号 大正四年一二月 : 実験論語処世談(七) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第331号(竜門社, 1915.12)
初出誌:『実業之世界』第12巻第17号(実業之世界社, 1915.09.01)