デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一

9. 孝子老母を労して厭はず

こうしろうぼをろうしていとわず

(7)-9

 近江の孝子は一礼の後、信濃の孝子に委細来意を告げて孝行修行の為来れる一部始終を物語り、彼是れ話し込むうち早や夕飯の時刻にもなつたので、信濃の孝子は晩餐の仕度を仕て客人に出すやうにと老母に頼んだ様子であつたが、愈〻膳が出るまで信濃の孝子は別に母の手伝をしてやる模様もなく、膳が出てからも平然として母に給仕させるのみか、やれ御汁が鹹くつて困るとか、御飯の加減が何うであるとかと、老母に小言ばかりを曰ふ。そこで、近江の孝子も遂に見かねて、「私は貴公が天下に名高い孝子だと承つて、はるばる近江より孝行修行の為罷出でたものであるが、先刻よりの様子を窺ふに、実に以て意外千万の事ばかり、毫も御老母を労はらるゝ模様のなきのみか、あまつさへ老母を叱らせらるゝとは何事ぞ、貴公の如きは孝子どころか不孝の甚しきものであらうぞ」と、励声一番、開き直つて詰責に及んだのである。之に対する信濃の孝子の答弁が又至極面白い。

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キーワード
孝子, , 労す
デジタル版「実験論語処世談」(7) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.685-690
底本の記事タイトル:二〇〇 竜門雑誌 第三三一号 大正四年一二月 : 実験論語処世談(七) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第331号(竜門社, 1915.12)
初出誌:『実業之世界』第12巻第17号(実業之世界社, 1915.09.01)