5. 原因は水道鉄管事件
げんいんはすいどうてっかんじけん
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世の中には、偶然な出来事といふものがあつて、屋根から突然落ちて来た瓦に当つて死ぬ者なぞもある。藤田東湖の如きは、地震の際落ちて来た梁に当つて死んでるでは無いか。如何に生きようとしても無い生命は結局無いものである。それが天命といふものだ。如何に殺さうと思つても、生きるべき筈の者ならばさう容易く殺されるものでは無い。匡人其れ予を如何にせん――桓魋其れ予を如何にせんである。私には斯の信念があつたから、斯んな騒ぎがあつても毫も恐るる処が無かつたのである。
この二人の暴漢は共に当時の所謂壮士で、石川県人千木喜十郎、板倉達吉の両人であつたが、当時喧しかつた東京市水道鉄管事件に関し私が外国製の使用を主張せるに対し、内国で之を製造し納入しようと企てた者があつて、其後聞知せる処に拠れば、この一派の人々は、恰も私が外国商人よりコムミッションでも取つて外国製の使用を主張するかの如く言ひ触らし、渋沢は売国奴であるからヤツツケロといふやうな過激の言を以て、千木、板倉の二人を煽動し、三十円宛を与へたとかで、その金銭の手前、二人は那的人嚇かしをしたものなさうである。
- デジタル版「実験論語処世談」(30) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.204-248
底本の記事タイトル:二四七 竜門雑誌 第三五四号 大正六年一一月 : 実験論語処世談(第三〇回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第354号(竜門社, 1917.11)
初出誌:『実業之世界』第14巻第16,17号(実業之世界社, 1917.08.15,09.01)