9. 論語を以て私を欺く人
ろんごをもってわたしをあざむくひと
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私は昨年(大正五年)七月以来、旧店を閉ぢてしまつて、生産殖利の事業と縁を絶ち、修身道徳の新店を開く事にしたので、生産殖利の事業に関する相談を受けて見たからとて如何とも致し方が無いのである。然し、既に閉ぢてしまつた旧店の方へは御客様があつて今以て繁昌するが、新店の方へは何うも御客が無い。甚だ以て不景気である。何うか新店を繁昌させたいものだと思つてるが繁昌しさうにも無い。唯僅に東京高等商業学校が最近に於て新店の商品を買つてくれる事になつたので、毎月一回づつ修身道徳上の講演をする為に出かけるぐらゐのものである。
然し又世間には心から論語に趣味を持つて、私の説く処に共鳴してくれる人が無いでも無い。先般も遥々米国から嵩山安綿といふ人が長文の手紙を贈つてくれた。この人は何んな御仁であるか、まだ能く調べも付かぬので其儘にして返事も出さずに置いてあるが、論語も精読して居られるらしく、殊に耶蘇教の教義に就ては精通して居らるるものと見え、手紙の文面の帰する処は、論語の説くところと耶蘇教の説く処とは、要するに同一だといふにある。
- デジタル版「実験論語処世談」(30) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.204-248
底本の記事タイトル:二四七 竜門雑誌 第三五四号 大正六年一一月 : 実験論語処世談(第三〇回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第354号(竜門社, 1917.11)
初出誌:『実業之世界』第14巻第16,17号(実業之世界社, 1917.08.15,09.01)