デジタル版「実験論語処世談」(30) / 渋沢栄一

6. 東京市水道との関係

とうきょうしすいどうとのかんけい

(30)-6

 今の東京市水道は、明治二十二年から計画されて、同二十五年より工事に着手し、六ケ年の星霜を費し、経費九百三十余万円で、明治三十一年十一月漸く完成したものであるが、私と東京市水道とは浅からぬ関係あり、東京市の公衆衛生を保護するには、如何しても水道の設備を完成せねばならぬ事を思ひ。当時私は猶ほ東京市市参事会員でありもしたものだから、特に水道調査会を組織し、之が為め多少の私費をも投じて調査研究し、若し市に自営の意志が無ければ会社を組織して水道経営をやらうと云ふ意志が私にあつたほど故、鉄管問題の起つた際も、当時に於ける日本の工業状態では到底鉄管を内国で製造し得らるる見込無く、強ひて内国製を使用しようとすれば何時水道が完成するものやら判らず、その完成を急がうとならば、鉄道でも何んでも初めのうちは外国製の材料のみならず外国人の技師をさへ招聘し、これによつて啓発せられ、以て今日の発達を見るに至つたこと故、水道鉄管の如きも、まづ最初は外国製を用ひ、之によつて漸次本邦の斯の方面に関する知識を開発するやうにしたら可からうと私は主張したのである。
 私が若し外国人よりコムミッションでも取る目的で斯んな意見を主張したものならば、確に私は売国奴であるに相違無いが、毫も爾んな事は無く、水道を一刻も早く完成させたいといふ無私の精神から之を主張したのだから、私としては些かたりとて疚しい処のあらう筈が無い。然し、若し愈々私の意見が通る事になれば、内国製を納入しようと目論んでゐたものは之が為儲からぬ事になる。その為、壮士を使嗾して私を嚇かしたものらしかつたのだ。

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東京市水道, 関係
デジタル版「実験論語処世談」(30) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.204-248
底本の記事タイトル:二四七 竜門雑誌 第三五四号 大正六年一一月 : 実験論語処世談(第三〇回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第354号(竜門社, 1917.11)
初出誌:『実業之世界』第14巻第16,17号(実業之世界社, 1917.08.15,09.01)