デジタル版「実験論語処世談」(8) / 渋沢栄一

10. 不義を見て為さざるの勇

ふぎをみてなさざるのゆう

(8)-10

 孔夫子は義を見て為さざるは勇無き也と、教へられて居るが、不義を見て為すのも亦、勇の無いものである。故に、青年子弟諸君は、義と見れば進んで之に殉ずるの勇あると共に、不義と見たらば、如何なる人より圧迫せられても断じて之を為さずといふの勇気が無ければならぬものである。
 大塩平八郎が天保八年大阪に兵を挙げて乱を起した時のことであるが、彦根の藩士で平八郎の高弟に当るものに宇津木矩之丞といふ人があつた。桜田で水戸浪士に刺された井伊掃部頭家の家老を勤めた俗に大宇津木と申した人の子息で、岡本半助や岡田六之丞なぞとも多少の縁辺に当つたものである。大塩に就き深く陽明学を修め、長崎にも参つたことなぞもあつたが、彦根に帰つて陽明学を教授して居るうち大塩に挙兵の陰謀があるとも知らず、一日大阪に出でて大塩に面会すると、折柄恰度大塩に於ては挙兵準備の最中であつたものだから、大塩は宇津木矩之丞に其次第を漏らし、一味徒党の連判に加はるやうにと勧めたのである。

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不義, , 見る,
デジタル版「実験論語処世談」(8) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.2-7
底本の記事タイトル:二〇二 竜門雑誌 第三三二号 大正五年一月 : 実験論語処世談(八) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第332号(竜門社, 1916.01)
初出誌:『実業之世界』第12巻第18号(実業之世界社, 1915.09.15)