デジタル版「実験論語処世談」(8) / 渋沢栄一

11. 死を決して大塩平八郎を諫む

しをけっしておおしおへいはちろうをいさむ

(8)-11

 この時に宇津木矩之丞は、大塩平八郎が既に大事を自分に漏らしたからには、若し一味徒党に加はらぬと撥ねつけてしまへば忽ち其場で大塩に殺されるに相違ないとは覚つたが、大塩の挙兵は義に悖るもので、朝憲を紊乱する乱民の所為であると信じたものだから、諄々として其不可なるを説いて挙兵を諫止し、自分は素より大塩の一味徒党に加はるを肯んじなかつたのである。然し大塩に於ては少しも意を翻す模様が見え無いので、其夜、大塩の邸に一泊することにはしたが、必ず其夜の中に大塩に殺されるものと覚悟し、同伴して参つた十八歳ばかりの少年に、委細を詳しく認めた一封を授け、之を窃に懐にして大塩の邸宅より抜け出て、急ぎ彦根に帰るべき旨を命じたのであるが、少年のこととて、旨く邸を抜け出るわけに行かず、彼是して居る間に平八郎は果して一刀を提げて矩之丞を殺しにやつて来たのである。
 少年は之を見るや驚いてウロウロして居つたので、矩之丞は狼狽為す所を知らざる少年を叱して邸より抜け出でしむると共に、大塩に対しては「斯くあるべしと覚悟の上に諫止せし事故、決して逃げも隠れもせぬから」と立派に言ひ放ち、猶ほ大塩の不心得を諫めて従容その刃に罹つて殺されたとのことである。
 この宇津木矩之丞の如きは、不義を見て為さざる勇のあつた人といふべきである。この点に於て、青年諸君は大に矩之丞の意気を学び、不義と思ふ事には、何時如何なる人より加担を迫られても決して其仲間に加はらず、為に生を捨つるも厭はざるまでの覚悟を平素より養つて置くやうにして戴きたいものである。この宇津木矩之丞なる彦根藩士一家の方で宇津木騮太郎といふ人は目下大阪の北野中学校に英語の教師をして居られるとか聞き及んで居る。

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キーワード
, 大塩平八郎, 諫め
デジタル版「実験論語処世談」(8) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.2-7
底本の記事タイトル:二〇二 竜門雑誌 第三三二号 大正五年一月 : 実験論語処世談(八) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第332号(竜門社, 1916.01)
初出誌:『実業之世界』第12巻第18号(実業之世界社, 1915.09.15)