デジタル版「実験論語処世談」(29) / 渋沢栄一

11. 大きな天然石の額

おおきなてんねんせきのがく

(29)-11

 この石碑は、海に面した大きな天然石を削つて竪三十尺、横幅二十七尺の処を五寸ばかりの深さに切取つて滑沢の面を作り、之に三島毅博士に依嘱して作つて戴いた安房分院設置の由来を記した二百七十五字の漢文を彫りつけたものであるから、一見したところ額面の如くになつて見えるのだ。文字は私が自身で書いたのであるが、何んに致せ五間に四間ばかりの処へ二百七十五字だけ書かうといふのだから一字が一尺五寸平方ばかりの大字になつて居る。私は一枚の紙に一字づつ斯の大きな字を書したのだが、それを寄せて石に貼りつけ、その上から陰刻にして彫つたのだ。
 こんな風の天然石石誌は、朝鮮などに行くと大同江の沿岸平壌の辺などで往々見当るが、道台の頌徳表のやうなものを彫りつけてある。又、我が邦でも笠置山などには大きな天然石に仏像を陰刻にして彫りつけたものがある。然し、海面から吹いて来る潮風は石質を腐蝕する力があるものださうで、私が今度書いて彫りつけた東京市養育院安房分院設置の由来を記した天然石の石誌も、四五百年のうちには磨滅してしまふやうな憂ひも無からうが、永いうちには磨滅するだらうとの事で、潮風の作用する破壊を防ぐため、何か薬剤を石誌の面へ塗るやうにしたらよからうと研究して下されつつある人もある。それから、如何に一尺五寸平方の大きな字でも、遠方からでは見えぬからといふので、文字に緑青か何かの色を塗ることにしたら可からうとの説を唱へる人もあるが、そんな事をすれば余り俗つぽくなつて見えるだらうと云ふ意見もあつて、差控へて居る。三島博士が撰まれて私の書した其の石誌の全文は左の通りである。

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天然石,
デジタル版「実験論語処世談」(29) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.194-202
底本の記事タイトル:二四五 竜門雑誌 第三五三号 大正六年一〇月 : 実験論語処世談(二九) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第353号(竜門社, 1917.10)
初出誌:『実業之世界』第14巻第14,15号(実業之世界社, 1917.07.15,08.01)