3. 王政復古は口実に非ず
おうせいふっこはこうじつにあらず
(32)-3
抑〻朝廷より政権の御委任を受け、人臣の身を以て之が運用の衝に当るに至つたのは、朝廷に皇位の事からいろいろ複雑なる事情を生じその結果、外戚の藤原氏が政治を取るやうになつたのが初まりで、文徳天皇の崩御に当り、僅か九歳に渡らせらるる皇太子の惟仁親王が御即位あらせられ、天安二年(千五十九年前)冬嗣の子藤原良房が清和天皇の摂政に立ち、天皇に代つて政を執るやうになつたのに其端を発するのだ。爾来藤原氏は礼楽だけを朝廷に残し、兵馬の権を我が手に収め、之によつて国内の政治を行つて来たのであるが、藤原氏とても自ら其の兵馬の権を行ひ得なかつたので、藤原氏が兵馬の権を執行する道具に使つて来た機関が、平氏と源氏とである。
この源平両氏とても俗に源氏の嫡流を「清和源氏」と称し、又謡曲「船弁慶」なぞに現れて来る平知盛の幽霊が「これは桓武天皇九代の後胤平知盛の幽霊なり」と名乗を揚ぐるほどで、共に其祖先は朝廷にあるのだが、兎に角、藤原氏は平氏と源氏とを左右に使つて、これにより兵馬の権を確立し、国内の安康を謀つて居つたものである。
- キーワード
- 王政復古, 口実, 非ず
- 論語章句
- 【述而第七】 子曰、述而不作。信而好古。窃比於我老彭。
- デジタル版「実験論語処世談」(32) / 渋沢栄一
-
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.223-233
底本の記事タイトル:二五二 竜門雑誌 第三五七号 大正七年二月 : 実験論語処世談(第卅二回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第357号(竜門社, 1918.02)
初出誌:『実業之世界』第14巻第20-22号(実業之世界社, 1917.10.15,11.01,11.15)