8. 学康[家康]は老獪に非ず
いえやすはろうかいにあらず
(32)-8
兎角、成功した人は世間から嫉まるるものなので、如何に義しい順当な事ばかりをしても、その当時は素よりいふまでも無く、後世になつてからまでも老獪であるかの如くに観られ勝のものである。家康が今日の史論家によつて老獪を以て目せらるるのは、家康は成功した人であるからだ。之に反し、菅原道真は正直な人で、一点非難すべきところの無い聖人の如くに謂はれるのは、家康の如く成功せずに失敗を以て其生涯を終つたからである。成功者は総て老獪なもので、失敗せねば人は正直で正しくあり得ぬものだとすれば、貧乏人で無ければ義しい事は行へぬものだといふ理窟になる。天下に斯んな馬鹿な道理のあらう筈が無いのだ。
- デジタル版「実験論語処世談」(32) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.223-233
底本の記事タイトル:二五二 竜門雑誌 第三五七号 大正七年二月 : 実験論語処世談(第卅二回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第357号(竜門社, 1918.02)
初出誌:『実業之世界』第14巻第20-22号(実業之世界社, 1917.10.15,11.01,11.15)