デジタル版「実験論語処世談」(68) / 渋沢栄一

8. 自信ない現今の政治家

じしんないげんこんのせいじか

(68)-8

 処が今日の政治家を見るに、少しも自信と云ふものがないのは実に遺憾なことである。之れを見た眼で己を正しうして南面する舜と比較すると、如何にも自信が強く働いて居るかを思はれるのである。近い例として加藤(友)内閣、山本内閣、清浦内閣なりの遣り方を見ても如何にも自信がないのを思はざるを得ないではないか。
 更にその以前に遡つては、我が国に憲法政治の実施をなした伊藤公にも是等の批難は免れない。伊藤公とは特に別懇にしたから公私とも能く接触したので能くその間の消息を知つて居るが、政友会を組織する時などは随分苦心された。此の政友会を組織したと云ふことも、我が憲法政治の為に尽さんとしたのであるが、此の伊藤公でも果して確乎たる信念の下にやつて動かなかつたかと云ふに、決してさうでなかつた。況して他の碌々たる者に至つては、八方睨みのみをやつて決めることが出来なかつた。彼の山県公、大隈侯にして矢張りそのやうなもので、悪く云へば場当り仕事が多かつた。近頃の内閣などになると内閣自身がどつちへ向いて居るか知らんと云ふ有様である。自身としては知つて居る積りであらうが、その遣り方を見ると、知らんものと思はざるを得ない。

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キーワード
自信, 現今, 政治家
デジタル版「実験論語処世談」(68) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.610-617
底本の記事タイトル:三七一 竜門雑誌 第四三三号 大正一三年一〇月 : 青淵先生説話集 : 実験論語処世談(第六十六《(八)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第433号(竜門社, 1924.10)
初出誌:『実業之世界』第21巻第8,9号(実業之世界社, 1924.08,09)