デジタル版「実験論語処世談」(68) / 渋沢栄一

10. 現内閣の奢侈品制裁、松平楽翁公

げんないかくのしゃしひんせいさい、まつだいららくおうこう

(68)-10

 此の章句は実に現代に適当して居ると思ふ。この間銀行倶楽部に於て加藤総理を始め各閣僚を招いた。その時私も行つたが、委員長成瀬正恭氏は私に何かお礼の言葉を述べよとのことであつた。加藤総理も浜口蔵相の演説も、財政は放漫ではいかぬから之を緊縮しなければならぬし、又国民の奢侈品を禁止して人心を緊張せしめなければと云ふ決心を述べた。そこで私はその決心のある所を称讃し、そして此の奢侈品に対しては禁止同様の制度を取られたことは誠に宜いことであるが、かかる制度を実施したのは、明治維新後には未だ曾て聞かぬことである。唯徳川時代に於て幕府が之を執つたことがあるけれども、之れを今日の手本とすることは出来ぬが、参考にはなると思ふ。
 此の節約を以て上下をして実行せしめんとしたのは先には天明に於ける松平定信がある。松平は節約を単に人に責るばかりでなく自ら之れを実行した。而も之れを制度として実施するには、先づ自分自身に於て大なる覚悟を以てやつた。之れなどは、本所の吉祥院の歓喜天に納めた心願書に依て窺ふことが出来る。即ち
天明八年正月二日、松平越中守義、奉懸一命心願仕候。当年米穀融通宜しく格別の高値無之、下々難儀不仕、安堵静謐仕並に金穀御融通宜しく、御威信御仁恵下々へ行届候様に越中守一命は勿論之事、妻子之一命にも奉懸候而必死に奉心願候事。右条々不相調下々困窮御威信御仁徳不行届人々解体仕候義に御座候はゞ、只今の中に私死去仕候様に奉願候(生ながらへ候ても中興の功出来不仕、汚名相流し候よりは、只今の英功を養家の幸並に一時の忠に仕候へば死去仕候方反て忠孝に相叶ひ候義と奉存候。)右之仕合に付以御憐愍金穀融通下々不及困窮御威信御仁恵行届、中興全く成就之義偏に奉心顧候。敬白。
とあることによつて身を捨ててもその目的を達せんことを期したことを察すべきである。

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キーワード
内閣, 奢侈品, 制裁, 松平定信
デジタル版「実験論語処世談」(68) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.610-617
底本の記事タイトル:三七一 竜門雑誌 第四三三号 大正一三年一〇月 : 青淵先生説話集 : 実験論語処世談(第六十六《(八)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第433号(竜門社, 1924.10)
初出誌:『実業之世界』第21巻第8,9号(実業之世界社, 1924.08,09)