2. 虚偽欺瞞の接客法
きょぎぎまんのせつきゃくほう
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又多くの人に接する中には、表面だけは如何にも敬虔を装うて、所謂巧言令色、仮令へば私が論語の談話でもすると之に相槌を打つて至極難有さうに謹聴して厶るが、内心は侮蔑を以て私を視、「渋沢も馬鹿な事ばかり曰つてる男だ、勝手に話さして置けば悦んでるから聴いてやるんだ」と云つたやうな心情で、外と内との違つてる方が無いとも限らぬ。更に一層甚しい邪な念を持つた人になると、那個人《あいつ》を一つ旨く騙して之を煽てあげ、自分の利益を謀るやうにしてやらうなぞと計らぬとも限らぬ。沢山の人のうちには、斯る宜しからぬ方も多いので、遂に「赤いものを見たら火事と思へ、人を見たら泥坊と思へ」といふ如き諺までが出来るやうになつたものと思はれる。
然し赤いものを見さへすれば総て之を火事と思ふやうに、見るほどの人を悉く泥坊と思つて接することになれば、自分の心情にも亦誠意が無くなり、那個人は己れを瞞しに来たのだから、瞞されぬやうに一つ這個辺《こち》からも其裏を掻いてやれと、偽に接するに偽を以てし、巧言令色を迎ふるに巧言令色を以てするやうになる。斯く互に瞞し合つて背後で舌を出してるやうにでもなると、世の中は全く治まりが着かぬ事にも相成、世道人心に悪影響を及ぼす事夥しく、世間の風潮が甚だ面白くないものになつてしまふ恐れがある。
- デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.670-676
底本の記事タイトル:一九七 竜門雑誌 第三二九号 大正四年一〇月 : 実験論語処世談(五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第329号(竜門社, 1915.10)
初出誌:『実業之世界』第12巻第15号(実業之世界社, 1915.08.01)