デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一

4. 人物観察法

じんぶつかんさつほう

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 斯んな風で、世間に多少名を成して顕れてる方々の中で、容易く簡便に来客に接せらるゝ方は先づ少いやうであるが、大隈伯丈けは稍〻私と同じ御店の張り方で、来るものは拒まず、誰でも之を引見して面談せらるゝやうに御見受け申すが、其他には、私と同じやうな門戸開放主義の方が余り無いらしく思はれる。私を訪問せられる方々の中には、私に交りを求められる為の方もあれば、又不肖なる私の談話でも聴かうといふ御篤志の方もあり、又私によつて用便を達さうといふ方もある。実にいろ〳〵であるが、私はそれに対して何れも誠意を以て御応対申し上げ、誠心を披瀝することに致して居る。私を御尋ね下さる多くの方々の中には、私が如何に誠心誠意を以て其人に対しても、誠心誠意を以て私に対して下されぬ方もあるか知れぬが、人間と申すものは不思議なもので、コチラから誠意誠心を以てすれば、不思議に先方も亦誠意誠心を以て対して下さるやうになり、偽り得なくなるものである。
 私は斯く誰様にでも厭ふところなく御面会し、誠意誠心を以て御応対申上げ、交りを求められる御方には交り、御談話を聴かうと仰せらるゝ方には不恙ながらも談話を致し、用便を達されようとする方には及ばず乍ら能きる丈けの御便宜を計るやうにはして居るが、其間にも私には又私で、私の人物観察法といふものがあつて、御来訪下さる多くの方々に就て、一々識別を致す事にして居る。然し人物を識別若くは鑑別するといふ事は却〻以て難渋しいもので、古人も人物観察法に就て種々の意見を述べられて居る。

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キーワード
人物, 観察
デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.670-676
底本の記事タイトル:一九七 竜門雑誌 第三二九号 大正四年一〇月 : 実験論語処世談(五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第329号(竜門社, 1915.10)
初出誌:『実業之世界』第12巻第15号(実業之世界社, 1915.08.01)