デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一

8. 大蔵省改正掛の事業

おおくらしょうかいせいがかりのじぎょう

(5)-8

 私が新政府に仕官して後に、大隈伯の所謂八百万の神々をして神はかりにはからしめる目的で設けられた大蔵省の改正掛に於ては、私なぞ主として種々の提案を致したものであるが、その精神とする処は、一に孔夫子の論語に教へられた温故知新の義を体し、明治御新政の運転を円滑ならしめ、所謂「為師」整然たる制度を立てんとするにあつたのである。改正掛に於て私が発案した種々の改正事業のうちでも、最も困難に感じたのは、従来租税が現物即ち米穀で納入せられて居つた制度を改正して、現金で納入せしむるやうに致さうといふのにあつた。
 御一新後と雖も、私が大蔵省に入つた時は、まだ租税が総て米穀によつて納入せられ、その納入せられた米を、官庁が官庁の手で船を艤装し之に積み込んで東京とか大阪とかの都会まで持ち出し、東京で申せば浅草蔵前の米倉だとか、又大阪にも大阪で同じく官庁所属の米倉があつて、之に入れ、それから、当時「札差し」と称せられた御用商人に命じて総て之を売捌かしめ、漸く現金になつた処で始めて国庫に現金が入るといふ組織であつたのである。

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デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.670-676
底本の記事タイトル:一九七 竜門雑誌 第三二九号 大正四年一〇月 : 実験論語処世談(五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第329号(竜門社, 1915.10)
初出誌:『実業之世界』第12巻第15号(実業之世界社, 1915.08.01)