9. 租税現金納入制度の発案
そぜいげんきんのうにゅうせいどのはつあん
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この心配を取り除かうとすれば、地方に於ける過剰米穀を東京とか大阪とかの都会に移出して売捌く事の能きるやうに、民間の為に官庁が米穀運搬の世話を焼てやるまでにして、船なども準備せねばならぬといふ事情もあり、旁〻現物納入を廃して現金納入に変ずる新租税制度は私の発案したものではあるが、却〻実行が六ケしく、その中私も明治六年には官途を退くことになつたものだから、現金納税制度は良い方法であると知られつゝも実施せられず、私の退官後明治七年に至り、故陸奥宗光伯が租税頭となるに及んで漸く実施せられる事になつたのである。これによつて考へて見ても、如何に故例を壊さず新しきに進むといふ事が困難のものであるかが知り得られるだらうと思ふ。
- デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.670-676
底本の記事タイトル:一九七 竜門雑誌 第三二九号 大正四年一〇月 : 実験論語処世談(五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第329号(竜門社, 1915.10)
初出誌:『実業之世界』第12巻第15号(実業之世界社, 1915.08.01)