デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一

7. 祖先崇拝は温故知新

そせんすうはいはおんこちしん

(5)-7

子曰。温故而知新。可以為師矣。【為政第二】
(故きを温ねて新しきを知れば、以て師となるべし。)
 兎角、新しきを追へば故きを忘れて沈着なる所なく、之に反し故事にのみ拘泥して居れば新しきを取らずして因循姑息に流れ、固陋に傾き易いのが万人陥る通弊である。青年子弟諸君は深く此の消息に注意し、新しきを追ふも故きを忘れず、故きを温ぬるも進取の気性を失はず、故きに就て新しきを学ぶやうにせねばならぬものである。
 祖先崇拝といふことも、其精神とする処は畢竟するに温故知新に外らぬもので、祖先のした偉業に就て学び、大に自ら啓発せられんとするにある。長上を尊敬せねばならぬといふ事も、是又温故知新の一種で、自分より先に此の世の中に出て此の世の中に働き、自分よりも久しい経験のある人々に就て学び、新に進まんが為の資を得んとする趣旨に外ならぬ。

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デジタル版「実験論語処世談」(5) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.670-676
底本の記事タイトル:一九七 竜門雑誌 第三二九号 大正四年一〇月 : 実験論語処世談(五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第329号(竜門社, 1915.10)
初出誌:『実業之世界』第12巻第15号(実業之世界社, 1915.08.01)