デジタル版「実験論語処世談」(18) / 渋沢栄一

7. 井上侯の人物鑑別眼

いのうえこうのじんぶつかんべつがん

(18)-7

 陸奥宗光伯も、前条に談話した通りで、御自身には優れた才識のあらせられた人で、権勢と金力とのあるところを見て之に就く事にかけては誠に敏捷であつたが、人物を鑑別する力に於ては、余り優れた方であつたとは申上げかねるやうに思へる。随つて、陸奥伯の交はられた人や用ひられた人は、必ずしも善良誠実の人ばかりであつたやうにも思へぬ。井上侯は、孰れかと謂へば元来が感情家であるから、人物を鑑別するに当つても亦感情に駆られ、是非善悪正邪の鑑別が出来ないで、好きだと一度思ひ込んだら、其人に悪るい性質のある事を覚り得ぬまでの盲目になつてしまひさうに思はれるが、決して爾んなことの無かつた方で、人を用ひるには、まづ其人物の是非善悪正邪を識別するに努められ、それから後に始めて用ゆべきを用ひたものである。随て佞人を仁者であると思ひ違へて之を重用する等の事も無かつたものである。

全文ページで読む

キーワード
井上馨, 人物, 鑑別眼
デジタル版「実験論語処世談」(18) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.110-118
底本の記事タイトル:二二五 竜門雑誌 第三四二号 大正五年一一月 : 実験論語処世談(一八) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第342号(竜門社, 1916.11)
初出誌:『実業之世界』第13巻第19,20号(実業之世界社, 1916.09.15,10.01)