デジタル版「実験論語処世談」(18) / 渋沢栄一

11. 性と天とを知るは至難

せいとてんとをしるはしなん

(18)-11

子貢曰。夫子之文章。可得而聞也。夫子之言性与天道。不可得而聞也。【公冶長第五】
(子貢曰く、夫子の文章は、得て聞くべき也。夫子の性と天道とを言ふは得て聞くべからざる也。)
 茲に掲げた章句は学問上に関する事で、私が申述べる実験上より来た論語処世談とは少し縁の遠いものであるかのやうにも思はれる。随つて、私なぞが彼是と解釈めいたことを申上げたところで、青年子弟諸君に利益する所も少いだらう。遮莫此の章句の趣旨は孔夫子の徳が形になつて現れた処のものである文章ならば、子貢に於ても之を玩味して理解し得られぬでも無いが、孔夫子の天道と性とに関する議論は余りに深遠にして子貢如きの窺ひ得ざるところで、到底その真義の何れにあるやは兎ても解るもので無いといふにある。必ずしも孔夫子は実践道徳に就てのみ談らるるので、その天道と性とに就て談らるるのを耳にする機会が稀であるといふ意味では無からうと思ふ。子貢の斯の言は、恐らく孔夫子の説く性と天道に就て談らるるところが如何にも宏遠で、自分の如き菲才を以てして之を完全に理解しようとするのは、到底及ばざる所であると歎じて発せられたものであらうかと思はれる。

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デジタル版「実験論語処世談」(18) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.110-118
底本の記事タイトル:二二五 竜門雑誌 第三四二号 大正五年一一月 : 実験論語処世談(一八) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第342号(竜門社, 1916.11)
初出誌:『実業之世界』第13巻第19,20号(実業之世界社, 1916.09.15,10.01)