デジタル版「実験論語処世談」(13) / 渋沢栄一

10. 鎮守諏訪神社の新築

ちんじゅすわじんじゃのしんちく

(13)-10

 古語にも、民を知らんとせば先づ其俗を視よとあるほどで、或る町なり村なりに就て、其の人民の心懸けやら傾向やらが何んなものであるかを知らうとするには、その町なり村なりにある古来の風俗習慣が何んなものか、又、共同の仕事が何んな風にして行はれて居るかを見るのが、何よりの捷径である。血洗島にも、ササラ舞の如き古俗を保存して純朴の風を馴致し、鎮守の神社の世話を村の者一同が気を揃へて共同一致でやるやうになつて居れば、之によつて村民一般の気風が立派なものになる。
 それにつけても維新後荒廃して居つた鎮守の社殿を立派にし、村の者をして神社に対し崇敬の念を懐かしむるやうにするのが第一の急務であると稽へたので、私が出金して新たに社殿を建築してやる事にした。大して巨な金額でも無いから、私一人で新築費を全部支弁しても可かつたのであるが、今現に村の内に住つて居らぬ他所に在るものが全部の費用を支出して建てたといふ事になれば、折角村の者の共同心を発達させる為の鎮守の神社も、共同心を発達させる為の利益に立たず、他所のものが独力で建ててくれたといふので、他所の人の物であるかの如くに村の者をして思はしむる弊でも生じては、甚だ宜しく無い事だと存じ、社殿新築費のうち半分だけを私が出金し、残り半分を血洗島の者たちに出金させ、之によつて目出度く新築を竣成したのである。小さな村落の神社のこと故、堂々たる社殿だなぞとは素より謂ひかね、実に小さなものではあるが、小さな村落の神社としては相当に立派なものであるらしく思はれる。

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キーワード
鎮守, 諏訪神社, 新築
デジタル版「実験論語処世談」(13) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.45-54
底本の記事タイトル:二一〇 竜門雑誌 第三三七号 大正五年六月 : 実験論語処世談(一三) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第337号(竜門社, 1916.06)
初出誌:『実業之世界』第13巻第6,8,9号(実業之世界社, 1916.03.15,04.15,05.01)