デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一

2. 加藤内閣の倹約奨励

かとうないかくのけんやくしょうれい

(62)-2

 私は従来倹約を旨として機会ある毎に倹約倹約といつて居るが、近頃の世の中を見ると徒に文に走り、虚礼虚飾に流れ、奢侈の弊が甚だしい様に見受けられる。現にデパートメント・ストアなどに於ける買物振りを聞いても、高価なものが一番良く売れるといふ事である。之れは一般に上のみを見て之れを模倣せんとする為めであつて、大に革めなければならぬ弊害であると思ふが、私共の日常生活について周囲を振り返つて見るに、どれ程虚礼虚飾のために煩されて居るか計り知れないのである。
 去る七月十一日の晩、丸の内の工業倶楽部に於て、同倶楽部員の催しになる新内閣大臣の招待会があつた。加藤総理大臣始め各大臣、次官其他が来会され、私も亦主人側の一人として出席したが、其の席上加藤総理大臣の一場の挨拶があつた。その挨拶中に「今夕は御招きに預つて罷り出ましたが、御馳走の皿数も少く、万事倹約された宴会であるのは誠に嬉しい。御馳走の皿数は少いけれども、皆様の歓待して下さる志が十分であるから、吾々は快く御馳走になるのである。どうぞ今後もお互いに倹約を心掛けて、宴会なども今夕のやうに質素にし贅沢に流れないやうにしたいものである。甚だ失礼な申し分ではあるが、皆様は表面は此のやうに質素であるが、裏面に於ては或は大いにくつろがれて、山海の珍味を並べられるやうな事はありはしまいか。若し万一そのやうな事があつたならばお互ひに慎んで、真に表裏のない、質素なる風を養ひたいものである」といふ意味の事を言はれたのであつた。そこで私は主人側を代表して一場の挨拶を述べたが、簡略に申すと次のやうな意味である。

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キーワード
加藤友三郎, 内閣, 倹約, 奨励
デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.507-515
底本の記事タイトル:三四六 竜門雑誌 第四一七号 大正一二年二月 : 実験論語処世談(第六十《(六十二)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第417号(竜門社, 1923.02)
初出誌:『実業之世界』第19巻第7-9号(実業之世界社, 1922.07,08,09)