デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一

9. 現今の政治と孔子の真意

げんこんのせいじとこうしのしんい

(62)-9

 日比谷に於て多数を占めさへすれば、実権を握り得て自分の意見を行へると言ふ様な観念は、現今の上下を通じて一般に懐く所のものである。成程現今は多数政治であるから、多数を占めさへすれば自分の無理も通らう。従つて善政を施さうとすれば出来得べき筈である。それにもかかはらず現実の状態は之れを裏切つてゐるらしく吾々の眼に映ずる。是れは民衆のための政治ではなく自己のための政治である。広く民に施して而して民を救ふを仁と言ふ可きなりと云ふ孔子の教から言ふと、斯る事は出来得る筈はない。政治は人民のための政治で自己のための政治でない、自己の権力を濫用して、自己の利益を計る事は是れを政治と云ふ事は出来ぬ。
 孔子が嘗て実際政治に近づかうとしたのは、全然是れと趣きを異にする。孔子は為政者としての立場から広く民に施すの意義を事実に施さうとしたのである。孔子の思想の根本は人類の幸福増進が目的で、今の言葉で云へば、博愛がその根本で有つたから、是れを徹底的に達成せしむるには、政治に依らねばならぬと云ふのが、孔子の生粋で有つたのである。

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キーワード
現今, 政治, 孔子, 真意
デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.507-515
底本の記事タイトル:三四六 竜門雑誌 第四一七号 大正一二年二月 : 実験論語処世談(第六十《(六十二)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第417号(竜門社, 1923.02)
初出誌:『実業之世界』第19巻第7-9号(実業之世界社, 1922.07,08,09)