デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一

12. カーネギー論語を引用す

かーねぎーろんごをいんようす

(62)-12

 アメリカの鋼鉄王カーネギー氏が、其の晩年に自叙伝を書いて世に公にされたが、私の編纂所で之れを翻訳して近々出版する積りであるが、(本書は既に刊行せらる)其の自叙伝を読んで見ると、書中数ケ所に論語の教訓を引用してあるのを発見した。アメリカに於ては誰が論語を翻訳したのであるか分らぬが、兎に角訳本のある事は確かであつてカーネギー氏は其の英訳論語を読まれて居つたものと見える。尤も氏は基督教信者であるから、書中には聖書の語が多く引用されてあるが、此の聖書の教訓と孔子の遺訓とを比較して、誠に具合よく適当に述べられてある。今之れを一々記憶して居らないが、例へば「務民之義。敬鬼神而遠之。可謂知矣。」(民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂ふ可し)といふ章句を引用して知者の道を説いて居るが之れは論語雍也篇中の樊遅の知を問へるに対して、孔夫子の答へられたものである。
 また孔夫子の言として伝へらるる「上帝の声なる音楽よ、我は汝の呼ぶが儘に此処へ来れり」といふのもあり、此外に文句は記憶にないが、母親の事につき、友人との間柄抔について孔子の教訓を引用してあつた。

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デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.507-515
底本の記事タイトル:三四六 竜門雑誌 第四一七号 大正一二年二月 : 実験論語処世談(第六十《(六十二)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第417号(竜門社, 1923.02)
初出誌:『実業之世界』第19巻第7-9号(実業之世界社, 1922.07,08,09)