デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一

8. 孔子の道は仁を以て根本とする

こうしのみちはじんをもってこんぽんとする

(62)-8

 論語の中に「広く民に施して而して民を救ふ、仁と言ふ可き也」と言ふ章句が有る。之れは人たる者の最上の行ひとして最も守るべき道であるが、是れが、孔子の世に立たんとする根本なのである。子貢が「何ぞ仁を事とせん」と言つた時に、孔子は諄々として仁の道を説き人間として仁の最も必要なる事を説かれた。而して孔子は如何なる場合に於ても容易に仁を許さず、非常に高い標準に是れを置かれたものである。
 孔子の教は仁を以て根本とする。仁は人類社会の幸福増進を目的として説かれたもので、孔子の真意は此の人類の幸福増進の外にはなかつたのである。されば孔子が先王の道を説いたのは、文字通り解釈すれば、王侯のためにのみ説いたものの如く誤解する者も有るかも知れぬが、実際に於ては国民の為であり、民衆の為で有つたのである。其の王侯の道を説いたのは、善政を施くには王侯を善導するを捷径とし且善政を施けば国民は知らず識らず勇み悦んで発展して行けるので、此の点に力を注いだのである。究極する処、孔子は仁を以て人間の幸福を増進する最高の道と思はれたのに外ならぬのである。

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デジタル版「実験論語処世談」(62) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.507-515
底本の記事タイトル:三四六 竜門雑誌 第四一七号 大正一二年二月 : 実験論語処世談(第六十《(六十二)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第417号(竜門社, 1923.02)
初出誌:『実業之世界』第19巻第7-9号(実業之世界社, 1922.07,08,09)