デジタル版「実験論語処世談」(1) / 渋沢栄一

10. 渋沢にも孔子の志あり

しぶさわにもこうしのこころざしあり

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 老いて六十八歳になるまでも政治上の事に恋々せず、早く見切りをつけて門弟子の教育に意を注ぎ、道を伝へるのに力を尽してた方が孔夫子の為に利益であつたらうにと思はるゝ方々があるやうに、私なぞにも余り世間の事に関渉せず、既に老人のことであるから、静かに引き籠つて修身斉家の道を説くだけぐらゐに止めてたら可からうと思はるゝ方もあらう。然し私は敢て僣して自ら孔夫子を以て任ずるわけでは素よりないが、孔夫子が若しや、自分が出たら其国の政治が良くなるかも知れぬと思うて、召されさへすれば何処にでも出て仕へたやうに、老人の私でも出て奔走すれば、若しや少しでも世間の御役に立つ事が出来やうか、と思ふ心があるものだから、電灯問題が起れば之に顔を出したり、米国の問題があると云へば夫れにも関係をしたり、対支交渉の事件が起つたとなれば、之にも亦顔を出したりするやうになるのである。要は、孔夫子が其志に忠なりし所を学んで、多少なりとも国利民福の為に貢献したいとの精神に外ならぬのである。

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渋沢栄一, 孔子,
デジタル版「実験論語処世談」(1) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.638-645
底本の記事タイトル:一八八 竜門雑誌 第三二五号 大正四年六月 : 実験論語処世談(一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第325号(竜門社, 1915.06)*記事タイトル:実験論語処世訓(一)
初出誌:『実業之世界』第12巻第11号(実業之世界社, 1915.06.01)