デジタル版「実験論語処世談」(3) / 渋沢栄一

1. 学者に対する刺戟

がくしゃにたいするしげき

(3)-1

 私のやうな浅学で学問も無い者が、論語に就てのお話を致すのは如何にも烏滸がましい。又、世間の或る一部からは、渋沢は之によつて美名を売らんとしてゐるのだらうなぞと取沙汰せられぬとも限らぬが私には美名を得ん為に論語を担がうとするやうな心事は微塵も無い。又素より学識に乏しい私の事ゆゑ論語にある字句の説明や意義の解釈などで学者諸先生に追ひつかうとしても爾れは到底できぬ業である。然し私は決して空理空論を口述致しはせぬ。総て実地に行つて来て、処世上に益を得た点のみに就き申述べるのである。
 昨今は、学者先生方のうちにも、末松謙澄博士とか、或は井上哲次郎博士とか、論語の事を種々と論議せらるゝ方々も大分多くなつたやうである。これには私共の如き全く無学の素人が始終何の彼のと論語を御引合に出して談論した事も、多少与つて力あるものと信ずる。私の如き薄徳なる者と雖も絶えず論語の御話をして居れば、それが多少でも刺戟になつて、学者先生方の深遠なる御議論となり、惹いては一般世間をして孔夫子の教訓に心を寄せしむる事にもなるので、風教の為に幾分かの利益があるものと惟ふ。

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キーワード
学者, 刺戟
デジタル版「実験論語処世談」(3) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.657-663
底本の記事タイトル:一九三 竜門雑誌 第三二七号 大正四年八月 : 実験論語処世談(三) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第327号(竜門社, 1915.08)
初出誌:『実業之世界』第12巻第13号(実業之世界社, 1915.07.01)