デジタル版「実験論語処世談」(3) / 渋沢栄一

6. 三省と記憶力の増進

さんせいときおくりょくのぞうしん

(3)-6

 「学而」篇に曾子が説かれて居る、日に三省せよとの教訓に就ては前回も一寸申述べ置いたが、これは、単に品性の涵養上に利益があるばかりのもので無い。私の経験によれば、記憶力を増進する上にも、少からぬ効がある。一日の仕事を終つて床に就てからでもよいから、その日に如何な事をして来たかを静に想ひ回らす事になれば、若し他の為に謀つて忠ならざりしことや、友人に対して信義の足らなかつた事、乃至は又他人にのみ道を守るべきを強ひて自ら修むるところの足らなかつた事なぞ、ありありと皆心に浮んで来て、今後斯る過ちを再びせぬやうにとの気を起し、身を慎む上に無論大効がある。同時に又その日にあつたことが一々記憶の上に展開されて来る為に、之を順序よく心意の中に揃へて一目に検閲する事にもなり、深い印象が脳に残つて自然と容易に忘れ得られぬものになる。
 三省の法は、斯く記憶力を増進する上にも効のあるもの故、仮令徳性修養の為で無いにしても、毎晩床に這入つてからとか、或は又、翌朝になつてから、兎に角自分が一日にした仕事に就て考へて見るやうにしなさいと、私は、時折私の子女達にも申聞かせるが、さて、実行は却〻六ケ敷様子である。然し、私は曾子の所謂三省の実行を、是非今の青年子弟諸君に御勧め致したいのである。

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キーワード
三省, 記憶力, 増進
デジタル版「実験論語処世談」(3) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.657-663
底本の記事タイトル:一九三 竜門雑誌 第三二七号 大正四年八月 : 実験論語処世談(三) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第327号(竜門社, 1915.08)
初出誌:『実業之世界』第12巻第13号(実業之世界社, 1915.07.01)