デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一

4. 知らざるを知らずとせよ

しらざるをしらずとせよ

(6)-4

子曰。由誨女知之乎。知之為知之。不知為不知。是知也。【為政第二】
(子曰く、由や汝に之を知ることを教へんか、之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是知るなり。)
 孔夫子が御弟子の子路、即ち由に教へられたる如く、知らぬ事を知らぬと謂ひ、知つた事だけを知つたで通すのが、智者のみならず総ての人の取るべき最善の処世法で、斯くさへして世に処すれば至極簡単に世渡りも能きるのであるが、さて実際に臨むとそれが却〻困難で、知らぬ事でも、知つたかの如く見せかけようとするのが人の弱点である。それが為弥縫を重ねねばならなくなつて、簡単にして済ませる世渡りを好んで複雑なるものにし、強ひて自分で自分から自分を足も手も出ぬやうにしてしまひ、自縄自縛の羽目に陥るものである。知らざるを知らずとするのは、道徳上のみならず処世法としても至極便利な法故、青年諸君は須らく此の点に注意し、知らぬ事は飽くまでも知らぬで通し、決して自らを欺き、他人を欺かうなぞとの不所存を起さるべきでは無い。

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デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.677-685
底本の記事タイトル:一九九 竜門雑誌 第三三〇号 大正四年一一月 : 実験論語処世談(六) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第330号(竜門社, 1915.11)
初出誌:『実業之世界』第12巻第16号(実業之世界社, 1915.08.15)