デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一

12. 大西郷、理に責められて窮す

だいさいごう、りにせめられてきゅうす

(6)-12

 西郷公は私が斯く詳細に二宮先生の興国安民法に就て説明する所を聞かれて「そんならそれは量入為出の道にも適ひ誠に結構な事であるから、廃止せぬやうにしても可いでも無いか」との御言葉であつた。仍て私は是処ぞ平素私の抱持する財政意見を言上し置くべき好機会だと思つたので「如何にも仰せの通りである。二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、之を引続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後とも益〻繁昌するであらうが、国家の為に興国安民法を講ずるのが、相馬藩に於ける興国安民法の存廃を念とするよりも更に一層の急務である。西郷参議に於かせられては、相馬一藩の興国安民法は大事であるによつて是非廃絶させぬやうにしたいが、国家の興国安民法は之を講ぜずにそのまゝに致し置いても差支無いとの御所存であるか、承りたい。苟も一国を双肩に荷はれて国政料理の大任に当らるゝ参議の御身を以て、国家の小局部なる相馬一藩の興国安民法の為には御奔走あらせられるが、一国の興国安民法を如何にすべきかに就ての御賢慮なきは近頃以て其意を得ぬ次第、本末顛倒の甚しきものである」と切論致すと、西郷公は之に対し別に何とも仰せなく黙々として茅屋を辞し帰られてしまつた。兎に角、維新の豪傑のうちで、知らざるを知らずとして毫も虚飾の無かつた御人物は西郷公で、実に恐れ入つたものである。

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西郷隆盛, , 窮す
デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.677-685
底本の記事タイトル:一九九 竜門雑誌 第三三〇号 大正四年一一月 : 実験論語処世談(六) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第330号(竜門社, 1915.11)
初出誌:『実業之世界』第12巻第16号(実業之世界社, 1915.08.15)