デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一

6. 大西郷と豚鍋を囲む

だいさいごうとぶたなべをかこむ

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 既に申述べても置いた如く、私が元治元年二月、京都に於て一橋家に出仕するやうになつた当時、初めは奥口の詰番を仰付けられたのだが、間もなく一橋家の外交部とも観るべき御用談所の下役に任ぜられ俗に周旋方と申すものになつて、諸藩より上洛する有志者や御留守居役なぞの間を往来し、その意見を聞いたり、諸藩の形勢を探知したりして暮らしたものである。其うちに西郷公の処なぞにも私は尋ねて参つて屡々御目に懸つたのである。
 その頃、西郷公と私とは素より非常な段違ひであつたが、私を前途少しは見込のある青年だとでも思召されたものか、種々懇切に談話して下されて、時には、今晩鹿児島名物の豚鍋を煮るから一つ晩餐を一緒に食うて行かぬか、なぞと勧められ、同じ豚鍋に箸を入れて御飯の御馳走になつて帰つたことも両三回はあつた。西郷公の談話は稀に慶喜公の御身の上にも及んで、一橋は確かに人材で、諸侯中にあれほどの者は無いが、惜しい事に決断力を欠いてるから、お前一人の力で如何するわけにも行くまいが、兎角能く長上の者に渋沢より話し込み、慶喜公に決断力を御つけ申すやうにするが可い、然らば敢て幕府を倒さずとも慶喜を頭に立てて大藩の諸侯を寄せ集め統率しさへすれば、幕府を今のまゝにして置いても政治は行つてゆけるなぞと談られたこともある。之が前にも申べ置いた如く、私をして豪族政治を夢みるに至らしめた所以である。

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キーワード
西郷隆盛, 豚鍋
デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.677-685
底本の記事タイトル:一九九 竜門雑誌 第三三〇号 大正四年一一月 : 実験論語処世談(六) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第330号(竜門社, 1915.11)
初出誌:『実業之世界』第12巻第16号(実業之世界社, 1915.08.15)