デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一

5. 大西郷は偽らぬ人

だいさいごうはいつわらぬひと

(6)-5

 維新の頃の人々の中で、知らざるを知らずとして毫も偽り飾る所のなかつた英傑は誰であらうか、と申せば、矢張、西郷隆盛公である。西郷公は決して偽り飾るといふ事の無い、知らざるを知らずとして通した方であるが、その為又、思慮の到らぬ人々からは、往々誤解せられたり、真意が果して何れの辺にあるか諒解せられなかつたりしたものである。これは一に西郷公と仰せられる方が至つて寡言のお仁で、結論ばかりを談られ、結論に達せられるまでの思想上の径路などに就き余り多く口を開かれなかつた為であらうかとも思ふ。
 まづ西郷さんの容貌から申上げると、恰幅の良い肥つた方で、平生は何処まで愛嬌があるかと思はれたほど優しい、至つて人好きのする柔和なお顔立であつたが、一たび意を決せられた時のお顔は又、丁度それの反対で、恰も獅子の如く、何処まで威厳があるか測り知られぬほどのものであつた。恩威並び備はるとは、西郷公の如き方を謂つたものであらうと思ふ。

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キーワード
西郷隆盛, 偽らぬ,
デジタル版「実験論語処世談」(6) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.677-685
底本の記事タイトル:一九九 竜門雑誌 第三三〇号 大正四年一一月 : 実験論語処世談(六) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第330号(竜門社, 1915.11)
初出誌:『実業之世界』第12巻第16号(実業之世界社, 1915.08.15)