デジタル版「実験論語処世談」(10) / 渋沢栄一

6. 倫常を無視せる女色

りんじょうをむしせるじょしょく

(10)-6

 今日の如くに男女間道徳の進歩して居らぬ時代に於ては、売女に戯るるとか、或は又、美しい女を容れて妾にするとかいふ事は素より賞むべきで無いが、必ずしも酷に責むるわけにも行かぬ。殊に乱世の英雄に斯ることの存するのは止むを得ぬ次第である。然し女に戯れ色に近づく間にも、如何に乱世なればとて、如何に英雄なればとて、倫常を無視して差支ないといふ法は決してあり得べからざることである。然るに秀吉は礼の大本を心得居られぬ方であつたものか、女に戯れ色に近づいてる間に、人間として如何なる場合に於ても離れてはならぬ倫常を離れ、淀君の愛に溺れては、秀次に対し常識を逸せる処置に出で、其他、我意に任せ、女に関する事に就ては随分我儘気儘、勝手放題の仕たい三昧をした形跡がある。

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キーワード
倫常, 無視, 女色
デジタル版「実験論語処世談」(10) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.15-22
底本の記事タイトル:二〇六 竜門雑誌 第三三四号 大正五年三月 : 実験論語処世談(一〇) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第334号(竜門社, 1916.03)
初出誌:『実業之世界』第12巻第20,21,23号(実業之世界社, 1915.10.15,11.01,11.15)