デジタル版「実験論語処世談」(10) / 渋沢栄一

1. 太閤秀吉の長所と短所

たいこうひでよしのちょうしょとたんしょ

(10)-1

 乱世の豪傑が礼に慣はず兎角家道の斉まらぬ例は、単に明治維新の際に於る今日の所謂元老ばかりでは無い。何れの時代に於ても乱世には皆爾うしたものである。私なぞも家道が斉まつてると、口はばつたく申上げて誇り得ぬ一人であるが、かの稀世の英雄豊太閤などが、矢張礼に慣はず家道の斉まらなかつた随一人である。乱世に生ひ立つたものには素より賞むべきでは無いが、甚麽も斯んな事も致方の無い次第で、余り酷には責むべきでも無からうかと思ふ。然し豊太閤に若し最も大きな短所があつたとすれば、それは家道の斉まらなかつた事と機略があつても経略が無かつた事とである。
 豊太閤の長所はと云へば、申すまでもなくその勉強、その勇気、その機智、その気概である。

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キーワード
豊臣秀吉, 長所, 短所
デジタル版「実験論語処世談」(10) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.15-22
底本の記事タイトル:二〇六 竜門雑誌 第三三四号 大正五年三月 : 実験論語処世談(一〇) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第334号(竜門社, 1916.03)
初出誌:『実業之世界』第12巻第20,21,23号(実業之世界社, 1915.10.15,11.01,11.15)