デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一

3. 先輩にも二種類あり

せんぱいにもにしゅるいあり

(11)-3

 後進を誘掖輔導せらるる先輩にも、大観した所で二種類の人物があるかの如くに思はれる。その一は、何事にも後進に対して優しく親切に当る人で、決して後進を責めるとか苛酷るとか申すやうな事をせず飽くまで懇篤と親切とを以て後進を引立て、決して後進の敵になる如き挙動に出でず、如何なる欠点失策があつても猶ほ其後進の味方になるを辞せず、何処何処までも後進を庇護つて行かうとするのを持前とせられて居る。
 斯ういふ風の先輩は後進より非常の信頼を受け、慈母の如くになつかれ慕はるるものであるが、斯る先輩が果して後進の為に真の利益になるか如何かは些か疑問である。他の種類は恰度之の正反対で、何時でも後進に対する敵国の態度を以てし、後進の揚足を取ることばかりを敢てして悦び、何か少しの欠点が後進にあれば直ぐガミガミと呶鳴りつけて之を叱り飛ばして完膚なきまでに罵り責め、失策でもするともう一切かまひ付けぬといふ程につらく後進に当る人である。斯く、一見残酷なる態度に出づる先輩は、往々後進の怨恨を受けるやうな事もあるほどのもので、後進の間には甚だ人望の乏しいものであるが、斯る先輩は果して後進の利益にならぬものだらうか。この点は篤と青年子弟諸君に於て熟考せられて然るべきものだらうと思ふ。

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キーワード
先輩, 二種類
デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.22-30
底本の記事タイトル:二〇七 竜門雑誌 第三三五号 大正五年四月 : 実験論語処世談(一一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第335号(竜門社, 1916.04)
初出誌:『実業之世界』第12巻第24,25号,第13巻第1号(実業之世界社, 1915.12.01,12.15,1916.01.01)