デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一

15. 伊藤博文の争ひ振り

いとうはくぶんのあらそいぶり

(11)-15

 伊藤博文公は又木戸先生や大久保卿と稍〻異つた処があつて、争ひを避けず、随分能く他人と争はれたものである。然し、江藤さんや黒田伯のせられた争ひとも異つて、全然議論上の争ひで、頗る議論の好きな方であつた。理が非でも自分の意見を我理無理に通さうといふのでは無い。議論の上で対手を説服して自分の意見を通さうといふのであつた如くに思はれる。議論で争つて対手を説服し、その上で自分の意見を行はうといふのであるから、伊藤公が対手と議論をせらるる時には、必ず先づ其対手を無学な者と視て、議論を浴びせかけて来るやうな癖があつたものである。
 伊藤公の議論は総て論理で築きあげたもので、この手が対手を説服し得ぬ時には他の手で説服するといつたやうな具合に、四方八方から論理づくめで、ピシピシと攻め寄せて来られたものである。その上、伊藤公の議論には必ず古今東西の例証を沢山に引照せられるのを例としたものである。その博引傍証には、一度伊藤公と議論を上下した者は誰でもみな驚かされたものである。

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キーワード
伊藤博文, 争ひ, 振り
デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.22-30
底本の記事タイトル:二〇七 竜門雑誌 第三三五号 大正五年四月 : 実験論語処世談(一一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第335号(竜門社, 1916.04)
初出誌:『実業之世界』第12巻第24,25号,第13巻第1号(実業之世界社, 1915.12.01,12.15,1916.01.01)