デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一

17. 大隈伯の其の昔

おおくまはくのそのむかし

(11)-17

 大隈伯も昨今では主として他に説き聞かせる側の人になられて、殆ど説き聞かせる一方の如くに御見受け申すが、これは御年齢も進み、国家の長老となられたからの事で、私なぞが大蔵省で御一緒致した頃――また其後になつてからでも、まだ御若いうちは、今日の如く説き聞かせる一方でなく、随分能く他人の意見に耳を傾けられ、之を善しと見れば採用するに躊躇せられなかつたものである。
 大隈伯なぞも、維新の元勲中では他人と争はれぬ側の部に属せられる方であらうかと思はれる。尤も明治初年の未だ御若かつた頃から、多少今日の如き傾向が其性行中に無かつたでも無く、好んで壮快な議論を上下せられたものではあるが、能く他人の意見にも随はれ、他と争つてまでも、我理我流を飽迄貫徹しようといふ如き、江藤さんや黒田伯にあつた流儀のあらせられなかつた方である。

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大隈重信,
デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.22-30
底本の記事タイトル:二〇七 竜門雑誌 第三三五号 大正五年四月 : 実験論語処世談(一一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第335号(竜門社, 1916.04)
初出誌:『実業之世界』第12巻第24,25号,第13巻第1号(実業之世界社, 1915.12.01,12.15,1916.01.01)