16. 伊藤公の議論振り
いとうこうのぎろんぶり
(11)-16
博引傍証と論理とに叩き続けられて相手が大いに興奮して来たな、と看て取ると、伊藤公は一寸論鋒を外して、暫く論理や例証で対手をピシピシ攻めつける事を止め、対手の気が落付いて興奮の度を減ずるまで潮加減を測つて待つて居られたものである。伊藤公の議論振りを知らぬ人は、これで議論が終結に及んだのかと思ふが、豈に計らんや却〻以て爾うでは無い。対手の気が落付いて興奮が無くなつた頃合を見計らひ、又ぞろ中入前の議論に立ち帰つて、更めて再び得意の論理と博引傍証で対手を愈よ説服し得るドン底の処まで叩きつけ、攻めて来る。是処に伊藤公の特色があつたやうに思はれる。斯く議論好きで議論の上では好んで他人と争はれた伊藤公も、私人としての交際の上では決して他人と争はれなかつたものである。議論上での争ひは、皆国事に関し公の事に関したもののみである。
- デジタル版「実験論語処世談」(11) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.22-30
底本の記事タイトル:二〇七 竜門雑誌 第三三五号 大正五年四月 : 実験論語処世談(一一) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第335号(竜門社, 1916.04)
初出誌:『実業之世界』第12巻第24,25号,第13巻第1号(実業之世界社, 1915.12.01,12.15,1916.01.01)